2『オキナ』 粗末なレンガで建てられた建物達、その中に入っているのは魔導文明の生んだ利器。 そんなギャップがファトルエルの街の大きな特徴。 日進月歩の外の世界に隔絶され、ひらすら異色を走るこの街にはそんな大きな特徴をいくつも見る事ができる。 その代表たるものが決闘。 お互いに頷きあい、何かを決するが為にひたすら闘う。 愛する人の為、家族の為、名声の為、ただ単に暴れるが為。 人によって理由は様々だが、本物のファトルエルの民は闘って生きて行く。 「汝、《砂の戒め》によりて縛られよ!」 砂が舞い上がり、その男の足首に、手首に絡み付いた。 その男の相手はすかさず次の魔法の詠唱に移る。 「燃え立ち上がれ……」 動けない男の足下に赤く小さな円ができる。 「《火柱》!!」 唱え終わると、その円は赤い輝きを一瞬放ち、次の瞬間、円の中にあったものは全て空高く燃え上がった炎に包み込まれる。 「うあぁぁぁ!」 砂に捕まって、魔法を避ける事も出来なかったその男は炎のうちから断末魔の叫びを上げた。 十秒ほどその炎は燃え続け、それが収まった時にはその男は黒焦げになっていた。 観客の中から、賞賛の声、感嘆の声が上がる。 そのどちらも発していないものはその惨澹たる光景に目を背けていた。 否、そのどちらでもない者もいた。リクとファルガールもそのうちの二人である。 「あれ……ホントに殺したのか?」 「ああ、生きちゃいねぇだろうな」と、答えるファルガールは涼しい目で人の形をした黒焦げを見ている。 「この街じゃこうやってみんなの前で決闘した場合、殺しても罪にゃならねぇんだ」 ファルガールが説明している間に、どこからかこの街の門番と同じ格好をした者たちが大きな袋を持って現れ、手慣れた手付きで、死体を袋に詰めて持って行く。 「あいつらってどういう団体なんだ?」 「カンファータのファトルエル常駐兵だろうな。ファトルエルはこうやってほとんど干渉を受けずにいるが、一応あの王国の領土内なんでな。今回の大……と」 ファルガールが慌てて口を噤む。 しかし、リクはそれを聞き逃さなかった。 「今回の大……?」 だが、ファルガールはあっさりと流し、話題を変えた。 「それよりリク。俺はちとヤボ用がある。だからしばらく一人でこの街の見物でもしててくれ。日が暮れたらこの酒場で落ち合おう」と、先程、その玄関先で決闘をやっていた酒場を指差す。 「え? 何でだよ、一緒に行きゃいいじゃねーか」 「ま、お前もたまにゃ一人で遊びてぇんじゃねぇかって、俺の温か〜い気配りだよ」 リクは瞬間的に嘘だと感じた。基本的にファルガールという人物は気配りというものには縁がないからだ。 だからといって、リクを放って自分だけいい思いをしようとする事もない。 そして、ファルガールは十五年前、ここに来た事があるという。 そういった事から考えて、リクは一つの答えに行き着いた。 (何か、隠してるんだな) 思考に耽るリクに小さな袋が手渡された。 「……何だこれ?」 中身を覗いてみると、それは金だった。しかも相当な額の。 「……何だ…これ?」 「俺による温か〜い気配り第二弾、小遣いだ。全部使っていいぞ」 頭の中に衝撃が走った。 常人には手に負えないクリーチャーや、賞金首などを退治して、路銀には事欠いた事はなかったが、ファルガールが金をリクに渡した事は一度もない。 リクの中で疑惑が一層大きくなった。 「じゃ、楽しんでこいよ」と、ファルガールは言い添えて、ぽかんとつっ立っているリクをおいて、雑踏の中へと姿を消す。 その瞬間、彼もファルガールを追って足を踏み出した。 (逃がしてたまるか……!) ***************************** オキナにおけるいつものところ、とは大決闘場だった。 小さくなってしまった背中を丸め、観客席に座って、目の掛からないように後ろで縛った白髪を風になびかせ、時々眼鏡を掛け直しながら静かに本を読んでいる。 大決闘場は滅多な事では使われないが、一応開放はされており、風情ある石造りの建物は、静かな憩いの場として最適な場所だった。 突然読んでいる本に影が差す。 顔をしかめながらオキナが振り向くと、そこには薄く笑みを浮かべたファルガールが立っていた。 「やれやれ、あんたって男は飽きるという事を知らねぇんだな」 「ファルガール=カーン!?」 驚きの声と共にオキナは本を取り落として立ち上がった。そしてその驚きは喜びにとって変わり、オキナはその小さな体を目一杯伸ばして、巨漢のファルガールの肩を抱く。 「十五年振り…か、元気にしてたかね?」 「ああ。あんたも元気そうで何よりだ」 ファルガールが答えると、オキナは取り落とした本を拾う。 「しかし、何しにここに戻ってきたんだね? まさか今さら大会に出るわけじゃなかろう」 「当たり前だ。あんな大会に二度出るほど俺は血に飢えちゃいねぇよ。……ちょっとあんたの話を聞きたくてな」 「私の話?」 聞き返して、オキナは手に持った本を軽く持ち上げてみせる。 「私の話といえばこれしかないぞ」 ファルガールは頷いた。 「それでいいんだ」 それを聞いてオキナは目を丸くした。 「いったいどういった風の吹き回しだね? 十五年前はあまり理解しようともせず、ただ激励していた」 「心はコロコロ変わるから心ってところでどうだ?」 「ハハハ、そんなのはどうでもいい。私の話を聞いてくれる人が現れたんだからね」と、オキナは嬉々として、自分の隣にファルガールを座らせる。 「しかし何の為にだね? 君は何かをする時は必ず目標を持っていたが」 それはかなり核心を突いた指摘だったらしい。ファルガールは、大決闘場のバトルフィールドを見つめたまましばらく答えなかった。 「……“ラスファクト”の為だ。あんたには申し訳ねぇが」 「研究所の命令でか?」 ファルガールは首を横に降った。 「いいや。研究所は十二年前に辞めた」 「辞めた? 何故?」 「嫌気が差してたところにヘマやっちまってな」 ラスファクトと聞いて、いささか興奮していたオキナは遠い目をして答えるファルガールをみて、落ち着きを取り戻した。 「研究所の為ではないというなら何故ラスファクトを?」 「“大いなる魔法”と闘う為だ」 「何!?」 オキナが驚くのは至極当然の事である。“大いなる魔法”は神の使う魔法だと言われている。それと闘うという事は神に鉾先を向けるも同然の事なのだ。 しかも、ファルガールはこの手の冗談を言う男ではないのだからなおさらだった。 「敵と闘う為には敵の事を知る必要があるんだ。あんた十五年前に言ったはずだぜ。“ラスファクト”は星の産物なんだ、そして“大いなる魔法”も同じく星の産物なんだってな」 「ファルガール……」 彼の目を覗き込んだ時、オキナは悟った。自分がその強い意志を放つファルガールの瞳には逆らえそうもない事を。 「……分かった。君に話すには少し今までの研究を整理する必要がある。明日の夜まで時間をくれないかね」 |
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